シャスタ山に初めて登頂した日本人

いつもありがとうございます。

この週末は、シャスタで撮った写真データを整理しながら、現地で撮ったシャスタ山に咲く花の名前を調べていました。検索に引っ掛かってきた一件が何となく気になりクリックしてみると、「火と水のシャスタ山」小島鳥水と書かれたファイルがでてきたので、そのまま読み始めてみると・・・・

サンフランシスコ港を桑港と記してあったり、長さは、メートルやキロメートルではなく、漢字の尺(しゃく)、哩(マイル)になっている。因みに、富士山の高さは、一万二千三百尺となっており、いつの話?どこの誰なの〜?と、俄然、興味がわき、ルビが丁寧にふってある文章を一気に読みました。

そして、分かったのは、同氏が、シャスタ山に登った最初の日本人だったということ!

小島鳥水という人物

1873年-1948年
本名は小島 久太
日本の登山家、随筆家、文芸批評家、浮世絵や西洋版画の収集家・研究家
高校を卒業後、横浜正金銀行に入行し、シアトル支店長などを歴任、定年で退職

今から、67年前にお亡くなりになっています。
生涯で収集した浮世絵や西洋版画の900点余りは、横浜美術館に収蔵されているそう。また、明治32年から山に関する多くの著書を書かれているので、もしかして、登山愛好家の方や、浮世絵がお好きな方にとっては、よく知られた存在なのかもしれません。

そして、同氏にとって、アメリカで一番好きな山は、シャスタ山なのだそう。
この登山記によると、小島烏水含む日本人4名の一行がシャスタ山に登ったのは、1919年(大正8年)9月11日。今から、96年前、46歳のとき。

この登山記によると、アメリカでの赴任の間に、シャスタ山に登る機会を得た氏は、サンフランシスコ港から出ている列車に揺られ、シャスタ山近くのシッスン(Sisson)に到着し、そこからは、アメリカ人の案内人と馬に乗っての移動だったそうです。当時は、当然、今のように山の中腹まで舗装された道路など開通していませんし、ましてや、まだまだ未開の土地だったはず。

そして、シャスタ山を不遇の山と例えるわけ、シャスタ山に登頂したときの様子、富士山との比較など、同氏が観察した96年前のシャスタ山が細かく描写さています。つい数日前に、シャスタ山のオールドスキーボール(5合目)に立ち、その雄大さを満喫していた私にとって、100年前近くの手つかずのシャスタの姿を知ることができた氏の登山記は、間違いなく素敵なギフトとなりました。

まさか、同氏もシャスタ山がパワースポットして知られ、日本人が訪れるようになることなど、想像だにしなかったことでしょう。

残念なことに、時間不足のため、一行は、頂上にはたどり着けなかったそうですが、登山記としてこうして残していただいたことに敬意と感謝を表したいと思います。

最後に、同氏は、こう記しています。

「ここで、冒頭に戻って同じ言葉を繰りかえす、アメリカで好きな山は何かと聞かれると、一番先きに頭に浮ぶのは、シャスタ山である、それは必ずしも、好きであるからではないが、最も多く心を惹ひかれる山であると。」

では、今日も素敵な日をお過ごし下さい。
Have a wonderful day!

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