バシャール:意図すること、行動すること

着想(conceiving)と知覚(perceiving)

着想(思い付き、アイデア)すること、それを知覚する関係をより良く結び付けたいのです

B:簡単です
コインをお持ちですか?

ええ

B:ポケットから取り出してください

投げるのですか?

B:違います
床に置いてください

置きました
B:
立ってください
では、コインを拾うと意図してください
コインを拾いたいですか?

ええ

意図=(イコール)行動

B:意図することと、コインを拾う事は同じです!ここが、ポイントです!
(質問者は、違うことと口をはさむ。)
コインを実際に拾うとき、実際、これが、本当の意図を表現することです。

この両者は、違うことではありません。これが、ポイントです・・

皆さんの多くは、自分には意図がある、自分には意図があると言いますが、何もしていません。
コインを拾うということは、意図と同じことであって、実際には違いがありません。
実際に行動することによってのみ、実際に現れ、意図を明らかにするのです。
ただ単に、心に意図があるとしても、その意図を明らかにはしていません。
意図を明らかにする行動によって表現されるまでは、本当の意図は存在しません。
この2つを別々にするのはやめましょう
この上なくシンプルです

それは、着想と知覚の間に信頼を築くという意味でしょうか?

何かを100%信頼している観念と定義

B:いえいえ、違います
誰も、何かに信頼を築く必要はありません
皆さんは、既に何かを100%信頼しています
信頼を学んだり、築く必要はないのです

問題は、何を信じているかということです・・ここが違いです
決して信頼なしというのはありえません
ただ、何を100%信じているかということなのです
あなたが信じている観念、定義は何でしょうか?

信頼の仕方、築き方を学ぶ必要はありません
皆さんは、常に何かを本当だと思っています
そうでなければ、決して、体験をすることができません
どこに信頼をおき、現実の体験の定義において、さらに、さらに分離を少なくすることを創り出していくかは、あなたの選択次第です
よって、”意図したのに何も起こらない・・”という難解なことにはなりません

皆さんが、単純に行動するときが、同時に、真の意図の明示、表現であり、実際、それが、創造される本当の瞬間なのです。
皆さんが、概して、意図と呼んでいるものは、真の意図ではありません
ある意味、それは、憶測のようなものです・・・空論です

アクション!

しかし、実際に行動するときは、真の意図が創り出されます
行動をとおしてのみ、真の意図といえます
実際には行動せず、じっとしていることは、ある意味、空論にふけっているだけです
単なる蓋然性です

ーとても、面白いのですが、意図するということにおいて私の体験は・・・この2つ(意図と行動)を一緒にした後、もの事が設定されて、実際に、それがおこるような機会がどこからともなくやってきます
自分にとっては、それが、はっきりとどうなるか分かるわけではありませんが、しばしば、それを感じるのです

その波動になる

B:そうですね・・繰り返しますが、皆さんは、現実をとても早くスムースに完璧に創り出しているので、幻想を創造しているかもしれないということに気づいていません
しかし、始めに意図をすると、次にあなたの現実において、その反映としてシンクロニシティが行動を起こす機会を与えますが、実のところ、まずシンクロニシティを創り出す意図さえも体験するためには、最初にその波動において行動している必要があるのです
それが、鍵になります

さもなければ、あなたが、意図と呼んでいるものさえも思いつかないでしょう
その波動にならなければ、それを認識することはできません

よって、あなたが意図を持つとき、それは、表明前、現実前にその意図がやって来るようにみえますが、そのようなアイデアが、あなたによって思いつき、気づくことさえ出来るように、実際に、あなたは、既にその波動となり、既にその現実となる必要があるのです

つまり、実際には、あなたが思うほど、それほど多くの分離も時間のズレがありません
おわかりですか?

とても!

B:ありがとう

コインは持って帰ります、笑

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